2026年 9月19日

9月19日に、にしおの一色教室 鉄道模型工作教室を行いました。午前中に西尾市内の三河線廃線区間内に在った、『旧 松木島 駅(1926年に『神谷 駅』として開業。神谷傳兵衛氏の苗字に因んでいる。)の開業百年の講演会が、午前中に開かれており、準備の都合上私は聞くことができなかったのは残念でした。三河線は、建設資材を港から引き揚げたであろうと考えた(昔は線路など鉄道設備全般に英国などからの輸入品に頼っていたため。)が、最初の区間の開通が大正3年なら、明治40年に線路の国産化に成功して輸入に頼らなくなっており、資材は陸路で運ばれてくる。刈谷から貨車を省線(国鉄の昔の呼び方)に乗り入れる(かつては貨物用連絡線があった。)都合で、碧南~刈谷 が最も早く建設された。後に三河鉄道に合併される岡崎の路面電車は、明治32年(1899年)に馬車鉄道として開業し、民営の鉄道路線で三河地区では最も古いと思われる。パノラマカー登場と入替わるように廃止になった岡崎の路面電車でしたが、軌道があった通りは『電車通り』という名称で、その名残を今に伝えております。はやい時期に鉄道開業できたというのは、如何に当時の岡崎に力があったのかを、物語っている。だから、『でんしゃどおり』で良いと思う。 白いプラ床板は、かねてより3名が製作中のB凸用。 ラストの実物写真は、 35年前の土橋駅で遠足に出かけようと駅前に集まる子供会の小学生。(むかしの子供は今よりずっと素直だったように思われる。)現在は土橋駅は橋上駅となって、豊田線の100形の一時留置線としてかつての貨物側線を使っていた昔から、本格的に特化する具合で構内配線も変更され、かつての面影はほとんど見られない。